スペシャル対談 藤本靖×小笠原和葉「身体が持つ可能性」~ 第2回 可能性が広がる時、カラダに起こっていること

可能性が広がる時には必ず感覚の変化を伴う

── そもそも靖さんはどうして体のことに関わるようになったんですか?

和葉さんに言いませんでしたっけ?高校3年生の時に学校に行ったら教室が傾いてたんです。

──初めて聞きました!なんですかそれ(笑)。

兵庫県の学校なんですけど、古い校舎だったので、傾いてたんです、床が(笑)。
本当に傾いているから、机の下に紙を折って挟んだりとかしてみんなやってた。
みんなそれで平気な顔してるんだけど、僕はすごい神経質だったので、それで体ガタガタになって、そこから。
それまでは体のことなんか考えたことなかったのに、歪んだ教室に入ったときにいろんなことがおかしくなって、
その日から自分の体の違和感と、ずっと付き合うことになるんです。でもそれがあったお陰で、
体と関わるっていうことと否応にも付き合わされたんです。
毎日のようにいろんな整体とかカイロプラクティック、県を越えて、ありとあらゆるのを受けて。
だんだんやってるうちにそれが面白くなってきて(笑)。

──ボディーワーカーあるあるです···。

体って面白いなって思うようになると同時に、そのとき、うちの祖母が尼さんで、
小さいときから座禅を教えてくれてたんです。
座禅組んだりとかお経読んだりしていると、整体に行って治してもらうより、結構体すっきりしたりとかするっていうのがあって。
心と体のつながりが面白いなと思うようになったのが高校3年生ぐらいですね。

──でも大学での専攻は経済。

世界中を回っていろんな人と出会うような仕事をしたかったんです。
援助機関とかでいろんな国行ったりとか、いろんな人と出会いたいっていうモチベーションがすごくありましたから。
でも、援助機関で東南アジアとかアフリカ行ってたときに、やっぱり体がしっかりしてないと、
折角面白い場に行ってもみんな気楽に楽しんでるのに僕1人でピリピリしてて。
やっぱり体をまず整えるのが大事なんだなと、また身体の世界に方向転換しました。

──もともとあったカラダオタク的なところにまた戻ってこられた訳ですね。

そう。健康っていうのは、僕自身あんまり考えてないんですね、実は。だから単に健康っていうこと以上のなにか。
体と関わるっていうことの、より深いものに惹かれて、っていうことですね。

──これぞ健康3.0。

うん、だから健康3.0っていいと思うんです。
健康っていうと答えがある感じがするじゃないですか。
例えば生理学的にいうと、血圧がこの数字内に収まってるほうがいいとか、だからそのために何をすればいいとか。
答えがまずあって、ゴールがあって、そのために何かをするという。
そういうものって僕にとっては全部消化試合になっちゃうから、面白くないんです。
それで良くなっても、あんまり知的好奇心が湧かないっていうか。
痛いものが痛くなくなったらうれしいかもしれないけど、でもそういうところだけにしてしまうともったいないと思っていて。
それはヒューマンポテンシャルムーブメント(※)じゃないですけど、”可能性が広がっていく”っていうところに
実はすごい面白さがある。

(※人間性回復運動(にんげんせいかいふくうんどう)、または、ヒューマン·ポテンシャル運動
(Human Potential Movement、HPM)とは、1960年代のアメリカ合衆国、それも主として
心理学分野において生じたムーブメント。 「幸福」「創造性」「自己実現」の主体である人間の「人間性」や
「人間の潜在能力」を、回復·発展させることを旨とする。)

──可能性の入り口としてのカラダとの関わり。

そう。可能性が広がるためには、体の感覚とか体の可能性が広がるっていうことが、必ず僕は伴うと思ってるんです。

──分かります。名言だ····。「可能性が広がる時には必ず感覚の変化を伴う」。

だからそのためには体自身が可能性に富んでいないと。
別にすごい高い運動能力を持ってるとか器用に動けるっていうことじゃなくて、自分の今の体の可能性の、
外側に向いても開いてるっていうことですよね。
外から正しいものを教えられて、それを身に付けるっていうやり方をいくらやってもダメなんです、多分。
もちろん新しいことを体験するっていうのは意味があるんですけど、もうちょっと内発的なものがないと。
だからそこの転換ですかね。インサイドアウトってこういうこと。例えば座禅をするときにも、
姿勢をこうやって整えるとか、こうやったら楽ですよとか、こういう呼吸したらいいですよっていうのは、
コントロールして外から自分に身に付かせて行くやり方ですよね。
そうではなくて、中からいろんなものが出てくる経路をつくっていってあげるっていうことのほうが大事。
 
──ボディワークの良さって本当にそれだと思っています。
私の心の師のジャック·ブラックバーン先生がおっしゃった言葉をいつも自分の講座では紹介しているんですけれども、
「私たちは”体の外”で、”いかに上手く生きていくか”っていうことはたくさん教育されてきているんだけど、
体の”中にいる自分”と、”どうやって付き合うか”っていうことは教わる場所がない。
それを教えてあげるのがボディワーカーの役割だ」って。常に座右の銘にしている言葉です。
この「カラダの中で生きている自分と付き合う」っていうのが、世の中で一番欠落しているピースで、
それが故に起こっている問題がたくさんあると思うんですよね。

健康じゃなくてもいい

今、和葉さんがおっしゃったみたいな深いところの意味合い、身体のことがそういう深いものに
つながるんだっていうことって、われわれみたいにいっぱい人生の中でそういうことを体験してる者にとっては
理屈なくても分かることなんですけど、ビジネスマンの人とかに伝えるためには、ある種の哲学というか、
説明できる言葉をわれわれも持っておかないといけないと思うんですね。
マインドフルネスだって別に生産性上げるためだけじゃなくて、もっと自分の深い心の琴線に触れて、
自分自身をより深めてやっていくっていうためのものなんだ、っていうことを理解してもらうためには。

──体への働きかけって早いし、体のロックを外して可能性を閉じ込めていたものを解除していく、
その人がもともと持っている素質みたいのを掘り起こしていくのに最短ルートなんじゃないかと思います。
まさに可能性が広がっていく…。
それが体と仲良くしていくことで得られる「うまみ」なんじゃないかなと思います、特に現代人にとって。
そういう意味では私も、常に良い状態に整えるということが必ずしもゴールじゃないんじゃないかなと思って、体に関わっています。

僕はボディワーカーになって、健康じゃなくても体と上手く付き合える自信ができたんですね。
だから、良い意味でも悪い意味でも自分の体に対しては、逆に雑になっていったかも知れない。
別に健康じゃなくてもいいと。分かっていて暴飲暴食したり、寝不足になってみたりする。
それは、そうなってもその状態を自分が上手く波乗りしていけるっていう自信があるからです。
それでコンディションが落ちちゃったら、もう、別にいいと(笑)。
でもその代り、その波乗りしているっていう当事者意識はすごくあるんです。
それまではどっちかっていうと訳も分からないで、今日はここが痛い、あそこが痛いとか、
気分が悪いとか、波に流されているだけだった。今は、サーフボードに乗る、っていうこと自体はできる。
大きな波は自分じゃコントロールできないんだけど、でも当事者としてちゃんとサーフボードに乗るっていうことをしていれば、
どこの波に乗っていくかも自分で選べるし、落ちそうになってるのも自分がそうやって不摂生してるから
落ちそうになってるっていうのを分かってやっているんだから、別にいいんです。また乗りたくなったら乗ればいいんだから。

──そこから取り戻すスキルも獲得してるし。

そう、スキルもあるっていう。だからあまり健康に気を配るっていうのが逆になくなって行きます。
ロルファーになった時とかは、自分が不健康なのにボディワーカーなんかできない、って思ってたんですね。
すごく運動能力が高い人とかがセッション受けているから。特にその頃は来てたんですよね、感度が高い方が。
自分がそうならないといけないと思ってたんですけど多分3年目か4年目ぐらいだと思うんですけど、あるとき完全に
それを放棄しました。そうじゃないんだと。
別に自分が良い状態で、それを相手に伝えてあげるってことじゃなくて、ここで出会うことで勝手に起こるから、
自分はもっと気楽でダメな自分ぐらいのほうがむしろいいと思う。ダメな自分だとダメなんですけど(笑)。
別に適当でいいと。っていうふうに思ってからのほうがいろんなことが上手く、セッション自体も上手くいくようになった気がします。

──それはすごく分かります。私も子ども産んでからのほうが自分の健康管理って雑になりました。
っていうか、そんなことにそんなにエネルギー使えないよ、ってなったんだけなんですが(笑)。だからこそ波乗りは
上手になって行かざるを得なかったし、世間の多くの人がいる状況ってそうだと思うんですね。
体に良いことだけやってたら良い状態になるに決まってるんだけど、日常でどの程度カラダに気をつけるっていうことに
エネルギーを注いでいくのがちょうどいいのか、そういう”塩梅”が大事。

第3回につづく。)

藤本靖(ふじもとやすし)

ボディワーカー、身体論者。

東京大学経済学部卒業後、政府系国際金融機関で政府開発援助(ODA)の業務に関わる。

東京モード学園ファッションスタイリスト学科修了。その後、 東京大学大学院で身体教育学を専攻し、

脳のシステムや心と体の関係について研究。

米国Rolf Institute認定ロルファー™。

「神経系の自己調整力」に基づく「快適で自由な心と身体になるためのメソッド」を開発。

簡単で、効果が高い疲労回復のためのワークが注目され、Google米国本社の研修プログラムでとりあげられる。

心身の健康の専門家としてTV・雑誌など掲載多数。

著書に、ベストセラー「『疲れない身体』をいっきに手に入れる本」(講談社)、など。