「プロフェッショナルに聞く ネガティブ感情の扱い方」 コーチングとセラピーの現場から(後編)

2021.4.12

プロフェッショナルに聞く、ネガティブ感情の扱い方(後編)

プロフェッショナルに聞く、ネガティブ感情の扱い方(前編)はこちら

ネガティブを包含しているのがほんとうのポジティブ

小笠原:そうですね。私のボディワークの先生が、

「私たは小さいときから”身体の外側でいかにうまく生きていくか”ということばかり学んでくるんだけど、”身体の内側にいる自分”とどうやって生きていくかというのを、あるいは身体の内側にいる自分と出会わせてもらえる場所ってないんだ、それをやっていくのがボディワークなんだ」

という話をしてくれて、すごくそれが自分のモチベーションになっているんです。

社会のなかでうまくやっていくために、無理やりにでもポジティブな自分を作る。

けれど身体の内側にいる自分に気づくと、そこには、社会に合わせるために犠牲にしているいろんな声があったりするわけです。

吉田:うん。外に適応しよう、適応しようという発想だと、苦しい。

こういう方法が役に立ちますよとか、こういうスキルを身につければいいですよという方法があふれまくっているじゃないですか。それってわかりやすく伝えられるから、すぐに飛びつくけれど、ちょっとした麻薬みたいなものですよね。

本質的なものではないので、常に探さないと、すぐ摩耗しちゃうわけです。

だからネガティブというのも、ちゃんと包み込んでいる、包含しているというのがほんとうのポジティブじゃないかなと思うんですよね。

小笠原:でも特に男性にとってはネガティブな側面というのは自分に対しても抑圧してしまう傾向がありませんか?

社会的にいわゆる「勝ち続けている優秀な人」ほど、ネガティブさを対人のなかで出していくことって、難しいのかなと。

吉田:あー、難しいでしょうね。

例えば、自分も本当は事業のなかで打ち手がわからなくなっているみたいなリーダーとか経営者とかって、いくらでもいるわけですね。でもなかなかそれを言えない。

話していれば出てくるんですよ。だけど、それを開示できない。

小笠原:うんうん、そうですよね。

吉田:でも、ある経営者に、それを少し時間をかけて伝えるというほうに移行してもらったんですね。コミュニケーションの取り方を変えて。最初はもちろん自分と向き合って、自分の殻を破らないといけないんだけど。

時間をかけて、実は俺もよくわからないんだよというのを言えるようになってから、職場が変わりました。

小笠原:今、「向き合う」という言葉を言ってくださいましたけれど、まさに人に言える前に、まず自分のなかにあるそれと向き合うというステップがありますよね。

自分のなかにある怖れとか、例えば無力感とか、恥とか。

実は問題の核心はそこにあるけれど、根源的なものほど見ないようにして、業績のストレス、という外側の問題にある意味すり替えることもわれわれ多々ありますよね。

吉田:そう、思考で武装してるんですよ。頭だけで生きてる、極端に言えばね。

コーチングのなかで、それなりに手慣れたコーチが質問をすれば、いくらでも出てくるんですよ。いつもここ(頭)をフル稼働させているから。

だけどそれだけだとぜんぜん深まっていかない。

そのレベルで双方向のやりとりをしたって、ほとんど意味はないから一回ストップする。

空っぽにはなかなかならないけれども、自分のなかでいろいろ反応していくということをやめて、セッションの中ではジャーナリングをやってもらったり、瞑想とまでも言わないまでも、とにかく沈黙して、感情を感じて、お腹は今どんな感じですか?とか。

小笠原:どういうフィードバックが来ますか? そういう方って。

吉田:「苦しいですね」とか。それは最初は絶対出てこない。

小笠原:出てこないですよね。思考で武装している時は、そうやって身体の感覚をお聞きしても、「大丈夫です」しか返ってこないんですよ。普通です、大丈夫です、しか。

もうこれは入ってきてくれるなというサインなので、そこを入り口にしては今は出会えない訳です。

全部身体論につながってくる

吉田:ずっと、セラピーの場でもコーチングの場でも、交感神経モードで、副交感神経オフだと言われてもわからないですよね、それは。

でも関係性が変わってきて、ふっと息が抜けるような状態になって初めて、少しずつ出てくる。

でも一回、違う世界の捉え方、自分の捉え方を見つけたら、早いんです。

小笠原:早いですよね。割れるという状態で。

まさに頭の上だけでパツパツになっていた人が、「うん、苦しいですよ、正直」って、自分の内側の感覚に触れながら話してくれるようになった瞬間。

それは文脈で言うと、ポジティブに頑張っている話からネガティブな世界に移行してるんですけど、すごくリラックスするんですよね。余計な力みが抜ける。

ネガティブさを抑圧してポジティブでいることのほうが苦しくて、そこにリアルにある感情をまず自分に認められると、逆に

リラックスするんですよね。

吉田:だから僕なんかの場合は、相手がコーチングという認識で来るから、経営者だったらビジネスモードの話を期待してはいるわけですよね、最初は。それをどう繋ぎながら関わっていくかということですよね。

これはテクニック的な部分ではあるけれども、事前の説明とか紹介のなかで、ちゃんと認知神経科学的な観点から伝えたりとか、エモーショナルインテリジェンスの観点から伝えたりとか。

そうすると身体論に全部繋がってくる。

そうやって順を追って、そこはある意味リニアに、順を追って話していけば、変なところに連れていっていかれるわけではないんだなということを、殻の固い人たちもわかってくるので。

小笠原:そこの親切さって、とても大事ですよね。今まで、ボディワーカーとかセラピストって、ここまで渡ってくる橋の上が怖いんだということへのケアが、ちょっと足りなかったと思うんですよね。

吉田:いきなりパアーッと開いて、そこでおもしろがっていけるクライアントだったらいいんですけどね。

小笠原:やっぱり誰しも傷に触れることって、怖いですよ。傷までいかなくても、変わることって。変わりたいと口で言っていても、やっぱり深層意識レベルの、つまり身体のレベルでは変わるのって怖いんですよね。

吉田:そう!だけど絶対、みんな幸せになりたいので、心のなかではね。

何が幸福かは、人によって違うにしても。絶対、幸福ではありたいと思うんですよね。

ただそこは、話の切りだし方とか順番が違わなければ、大丈夫なのかなと。

小笠原:どんな企業の人でも、個人の顔が絶対ありますよね。企業でプログラムをやるときって、組織課題に繋がるような話の仕方で、2時間、3時間と話すんだけど、みなさんが終わったあと寄ってきて、フィードバックしてくださることってすごくプライベートな話なんですよね。

例えば、実はカウンセリングにも通ってたんだけど、これってこういうことだったんだとわかりましたとか。上司との関係でこういう人がいて、こういう人をどうやって扱ったらいいのかというのをずっと探してたんだけれど、自分がこういうモードだったと気づいた、とか。

組織にあっても、そういう個人のネガティブさというか、傷を出せる場所って、多くの方が必要としてるんだなと。

吉田:むしろ本当に企業で求めているのはそっちだと思いますよ。

どのくらいそれを言語化して、それを整理して、期待しているかはともかく、潜在的にはそうだと思います。

だって今までやってきたことだけではダメなんだなと、行き詰まっているというのが前提にあるので。

小笠原:この2~3年ぐらい、やっぱり組織開発領域でのマインドフルネスブームの辺りから、だいぶその辺りに対する認識は深まってきている気がするんですが、典生さんの実感としてはいかがですか?

吉田:そう思います。とはいえ、一方で、いまだに古いシステムとか、古いやり方、それは勢力としては強く残っているというのは感じるんですよね。

簡単にパッとひっくり返るものではないけども。ちょっとずつ変わってきていると思います。

小笠原:そうですね。そこに少しずつでもアクセスしていくことが、自分の行き詰まり感の打開の鍵になる、次の大きいシフトになるというのは、感覚的にはわかるんですよね。

吉田:ある一定数のところまで、行って全体が変わっていく、その流れの途中に今あるのかなとは思いますけどね。

見たくないものを見るプロセス

吉田:ネガティブなところに向き合って、その結果、本人にとっても周りにとってもハッピーになっていく。

どういう向き合い方、どういうものだったかというのは、本当に人それぞれですけど、やっぱり見たくないものを見るというプロセスは、多くの人にあったような気がしますね。

現在進行形のコーチングを含めてそうです。もう闇を掘る。

そんなのはアグノリッジメントもへったくれもないですよね。

小笠原:その「向き合う」ということについてお聞きしたいんですが、向き合うという言葉で全部くくられてしまうんだけど、そのなかに内部構造のバリエーションがあるんじゃないかと思うんですね。

吉田:向き合うレイヤーがいろいろありますよね。自分の闇に光を当てていくというのも向き合うだけども。

小笠原:これがあったんだなということを見ていくというのが、向き合うということ?

吉田:今何が起きているのかを、ちゃんと見るのも向き合うということだと思うんですよね。やってみたけれどうまくいかないとかね。

変な意味付けをせず、例えば、あいつがこうだったからだとか、こいつとこいつの組み合わせが悪かったとか、理由づけはいろいろできるけど、解釈は置いておいて、ある程度の時間軸を伸ばしたなかで、繰り返されていることがあるとすれば、何が続いていますか、と。

続いていることってないかなと見ていって、そこに向き合っていくと、けっこう同じ失敗ばかりしているなって。これも向き合うですよね。

事実とちゃんと、解釈せずに、向き合うということ。

小笠原:事実を丁寧に見ていくというのが向き合うということのひとつだと。

さっきの、ネガティブから入っていったものを、別の視点にも気付きながらニュートラルに見ていくのと同じように、起こっている事実を現象として解釈しすぎずに見ていくというのが、向き合うということになっていく。すごく共感します。

何かもっと激しいものをイメージしている人が多い印象なんですよね。逃げずに直面してその感情を味わい尽くすみたいな。

身体性とネガティブ·ケイパビリティ

小笠原:視野は広く、でも「意識の圧」は少ないほうがいいと、私は思っていて。

緊張感と力感が高い状態で向き合うと、けっきょく投影しか起こらない。

でも興奮度を下げて、静かに引いて、ちょっと周りが見えてきて、息ができるようになってきたときに、実は向き合えているということって、けっこうある。

その状態が、事実を丁寧に見ていく事が出来る状態だと思うんですね。

吉田:だってそうじゃないと、和葉さんがさっき言った「観察」ってできないじゃない。

視野狭さくの状態で反応的になっている状態だと。

小笠原:そうなんです。だからこそ、私は身体性の話をよくするんですよね。

それをマインドでやろうとすると、やっぱり反応で出てくるものって扱うのが難しいので。

でも身体を落ち着けることでニュートラルな知覚でいられる。

似たところで「手放す」もけっこう、みんな力感でやろうとして難しくなっている人って多いんじゃないかと思うんですね。向き合うと手放すは、けっこう言葉にトラップがあるなという感じですね。

吉田:そういう意味でいうと、さっき僕が言った、放置するに近いかもしれないです。

放置って、すごく悪く聞こえるじゃないですか。サボっているみたいな。

小笠原:いけない感じがしますよね(笑)、ちょっと冷淡な。

吉田:でも放置なんだと思うんだよね。ネガティブ·ケイパビリティって、やっぱり放置じゃないかなと思うんですよね。

さっき「力感」って言ってたけど、手放すって、悶々としてない感じじゃないですか。もうあんな男のことはきれいさっぱり忘れられたぜ、みたいな感じでしょ。でもそうなれないから、しんどいわけで。

ネガティブ·ケイパビリティが重要だと言われるのは、ここに残っていて放置しているわけですよね。

残っているのは嫌じゃないですか。嫌だけど、何かその悶々とした状態も受け入れていくという感じですよね。

小笠原:ネガティブ·ケイパビリティという言葉はすごいですよね、MBCCのおかげで出会えてよかったと思う言葉のひとつです。

持ってられるというのって、神経の体力なんですよね。えいっ!と遠くに投げることが手放すではなくて、答えが出ないものを答えが出ない状態で放置しているのって、放置しているともいえるし、持っているとも言えるじゃないですか。

持っているのが嫌だから、無理矢理にでも結論を出してすっきりしたくなるんだけど、これは解釈できないね、今は手を付けられないねと、もやもやしたまま持っているって、すごく体力がいることだと思うんですよね。

吉田:そういう意味では、ネガティビティの状態だからこそ、得られているものを認知する、その中でも要所でピリオドを打っていくというのが大事。

それも中庸に立って見ていくということかもしれないけどね。

小笠原:長いスパンで考えられるようになると、今の失敗とか成果が出ていないことが、何かには繋がっているという実感にはなるかもしれないし、仕事の面では、これは負の結果になるけど、自分の人生、自分の人格とか、人としての成長ということになったら、この失敗を経験することでいろんな人の気持ちがわかるようになった、と言う経験につながることもある。

吉田:やっぱり、会社組織のなかでずっとやってきている人は圧倒的に多いわけじゃないですか。

そういう人って、知らず知らずのうちに、会社=世界になってしまって、会社でうまくいっていない=人生がうまくいっていない。それも認識としては無理はないですけどね。

でもそれを、例えば我々みたいな人間が関わって、いい意味で揺さぶっていけるというのは、これって人生の一部だよねっていうところが、見えるかどうかですよね。

小笠原:そうですよね。なんかネガティブという事実があるけじゃないですもんね。今のお話しを伺っていると。

中庸に立つとスコープが広がる

吉田:中庸に立つことで、見え方が、たぶんスコープが広がりますよね。

そうすると、出来事としてはもちろん事実はひとつなんだけども、見え方が変わってくる。そこの認知の仕方が変わってくると思うんですよね。

小笠原:なるほどなるほど。ネガティブさとどう付き合うかとなると、向き合い方、それをどうやって解体して、それに取り組んで、それを克服していくかみたいなイメージが最初にあったんですけど、ネガティブって解釈しているのって、その面から見ているからそうなるのであって。

たぶんコーチングとかも、別のところから問いかけたり、光を当てたりすることによって、そのネガティブの解釈自体が変わっていくということですね。

吉田:それが違う切り口で言うと、身体からっていうことじゃないですか。

たぶんその解釈が変わるというのは、認知が変わる前に、気持ちが楽になるとか、和らぐとかほぐれる感じがある。

そのセンサーがない人とある人では、気づくスピードって絶対違うから。

小笠原:違いますよね。本人も違うし、コーチがそれを観察できるかどうかというのも、すごく大きいですよね。

吉田:コーチがまずそこに立つというのは大前提。

コーチがちゃんとそのセンスを持って、クライアントに関わることが、まず第一だと思います。

小笠原:本当にそう思います。自分がそれを感覚として知っていること。頭のレベルだけの理解ではなく。

吉田:そうそう。感じられるということはもうね、セロトニンが出ているわけだし。

小笠原:身体から緩めていくことは、はなからそういうことが好きで取り組んでいる人たちは知っていることではあるんですが、そういう感覚と社会的な時間を切り離して生き延びている人って想像以上に多いので、日常のなかでそのモードを行ったり来たりできるといいですよね。

典生さんは身体の世界はいつごろから大事だなと気付かれたんですか?

吉田:元々、僕は体感覚派なんですよ、たぶん。

体感できないものは信用できないし、気持ち悪いと思ったら、やっぱりこれはちょっと違うなと。

じゃあコーチングが気持ち悪いんじゃなくて、この、ここが気持ち悪いって。本質は違うだろうと、その本質に触れる機会があると、気持ちいいわけですよ。

じゃあ自分たちはそれを探求しようと思うから。

小笠原:インスピレーションとか直感で動ける人って、体感で拾っているから、身体が感じられる人ですよね。

あるキャリアコンサルタントの方が、転職が成功する人とうまくいかない人をずっと分類していったら、それまでは転職はよく考えて研究して分析して、なんて言われてたんだけど、見てると考えていない人がうまくいっている。逆に考え尽くすより、直感で何かわからないけど行きたいという感覚に素直になった人のほうが、結果的にうまくいくらしいんです。

吉田:それはたぶん言い方を変えれば、もっと深いところで考えることができている人なんじゃないかなと思うんですよね。

小笠原:はー、そうかあ!メタでということですか?

吉田:そう、メタもそうだし、いろんなノイズに邪魔されない状態でちゃんと繋がって、思考ができているから。いったん繋がっていれば、そんなに途中でごちゃごちゃ考える必要がなくなるじゃないですか。

小笠原:なるほど、繋がって考えられているということですよね。

表面の計算で、これがいいかなと、自分と切り離して計算していると、無限にわからなくなりますよね。

吉田:要するにちゃんと、リレーができているということですよね。頭の方からも行ってるんだと思うんですよ、そこはね。でも一方通行ではないということですよね。

小笠原:そうですよねー!面白いなあ。

それこそまったく教育されてこなかった、むしろ怪しいとかいわれていた領域のことで。

マインドフルネスとかって、だんだんそこに迫っていっている潮流のひとつなのかなと思うんです。より感覚的な世界というか、合理性とかそういことではなくて、別の真実があるみたいな世界。

吉田:付け加えるとすれば、やっぱり関係性を、コミュニティでも職場でも、一対一の関係でも、コーチとクライアントという僕たちの仕事の部分だけじゃなくて、質のいい関係性を広げていくということが、ネガティビティと付き合う大きな支えになるんじゃないかな。

小笠原:そうですよね。一人ではホールドできないものって、やっぱり人ってあるので。

そのコミュニティを、ネガティブさをみんなで共有していくという発想があんまりなかった気がします。

逃避的ではなくて、ネガを封印するための何かスペシャルな物語でもなくて、巻き込まれるのでもなくて、静かに見ていくというネガティブとの向き合い方というか、カルチャーをみんなで作っていけたらいいなと思います。

吉田:一緒にぜひ!

吉田 典生 よしだてんせい
●MBCCファウンダー
●MiLI理事
●MCC(国際コーチ連盟マスター認定コーチ)


関西大学社会学部卒業後、ビジネス誌や経営専門誌の編集記者を経て2000年に(有)ドリームコーチ・ドットコム設立。以降、経営層などビジネスリーダーのコーチ、組織コミュニケーションの再構築・改善を通して変容を支援するコンサルティングに従事。マインド・ビジョン・ロール・アクションという4つの最適化をデザインし、コーチングを十分に機能させる構造的なアプローチを展開。著書に10万部超のベストセラー『なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか?』、出版当時Yahoo!新語時点に書名が掲載された『部下力~上司を動かす技術~』他多数。プロファイルズ社戦略ビジネスパートナー、BBT大学院オープンカレッジ講師、6seconds認定EQプラクティショナー、SEI EQアセッサー。