「プロフェッショナルに聞く ネガティブ感情の扱い方」 コーチングとセラピーの現場から(前編)

2021.4.5

プロフェッショナルに聞く、ネガティブ感情の扱い方(前編)

この対談は実は当初2020年の年初の特集として2019年の夏に行われたものです。

2018年に吉田典生さんとのご縁は主宰されているマインドフルネスをベースとしたコーチングのトレーニングコース(MBCC※)に参加させていただいたのがきかっけでした。

コロナ禍の影響で一時期はお蔵入りになりそうになっていたこの対談、今改めて読むとこれからの時代の私たちのものの見方の大きなヒントになる部分が、今だからこそ深く心に響く内容になっています。

2回にわたって、吉田典生さんをゲストにお迎えした「ネガティブ感情の扱い方」をお届けいたします。

(※MBCC:マインドフルネス・ベースド・コーチ・キャンプ https://mbcc-c.com/

コーチングという全人的な関わり

小笠原:私と典生さんとの出会いは、MBCCなんですが、非常に印象的だったことがいくつかあったんです。

ある練習セッションで私がコーチ役をやった時に、なんとなくセッションが深まっていかないというモヤモヤを感じていた時に、典生さんが見に来てくださって「”健全な切実さ”って必要だよね」って一言いって、去っていかれたんですよね。

心理療法やボディーワークの臨床の現場においてはわれわれセラピストは、クライアントが持って来られるお題や問題意識という、ネガティブな側面に始めから直面してそれを扱っていくことが多いわけですが、コーチングだとタッチするクライアントの心の領域が違うように思うのです。

コーチングや典生さん個人は「ネガティブなもの」をどのような態度で扱われているのか、それを今回はお聞きしたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

そもそもコーチングに至るまでのことをお聞きしてもいいですか? どういう道のりでコーチングまでいらしたのか。

吉田:元々、僕は編集、出版業界にいて編集記者をやっていました。経営·組織づくり·人材育成だったりとかを主に扱う仕事をしていた時にコーチングというものがあるというのを知りました。

質問を通してクライアントのなかにある答えを引き出すものだと聞いて、質問を通して相手のなかの答えを引きだすって、今自分がやっていることじゃないかって。

小笠原:なるほど確かにそうですよね。

ボディーワークでも、トラウマ療法でも、その人の「コアとなるお題」に触れるさじ加減というのはとてもむずかしい、ほとんど「アート」の領域ですね。

吉田:僕がコーチングを学び始めて感じた違和感は、質問のスキル、傾聴のスキルと並んで言われていた、アクノリッジメント·承認のスキル、というものについてだったんですよね。

なんでも承認する、いい方に解釈するというのは僕からすると矮小化されたポジティブかなという感じがして。

相談する方も、承認をしてもらいたくて話すし、承認するのが難しいような話は避けて通るというメカニズムになる恐れもあるんですよね。そういう表面的な関係性ができてしまうと、もう掘っていくということができない。

小笠原:予定調和な。セラピーでもありますね。

吉田:僕はとても幸いなことに、リアルな現場で、社員に給料が払えるのかという危機感のなかで夜も眠れないという経営者のような人たちとずっと付き合いがあったのですが、彼らにコーチングをしていると、そんな浮ついた承認なんて、誰も欲していない。

その人の「傷」や「闇」って、大きな課題を乗り越えたり、次の何かにシフトするときには、おそらく向き合わなければいけないこと。

ただ、無理やりそこを向けというのはものすごく危険なことだし、その人自身がそこと向き合えるタイミングを、待つしかない。一直線にというリニアの発想だけだと、なかなかそこの人間の複雑系の部分には対処できない。

小笠原:そう思います。そして、それに触れていくコーチの側も傷を持っている。

吉田:そう。全人格的に関わっていくということが、僕たちの仕事の前提にあります。だからこそ、自分の限界みたいなもの、自分が貢献できる限界みたいなことを常に自覚しておく必要がある。

どうしたらいいかわからないということも、必ず出て来ます。だからコーチの自己認識、自己管理から始まるんです。

小笠原:わたしはセラピストとしては、臨床心理の先生のところで毎月スーパービジョンとセッションを受けているんですね。自分の傷があるとそれをクライアントに投影してしまい、ニュートラルな観察ができないので。

コーチングでもセッションのなかでコーチ自身の傷がうずくことってありますよね?

吉田:もちろん。だからプロのコーチは、もちろんボクも含めてみんな自分にコーチをつける、それはもう当然のこととされています。

もっともっと、その必然性は強く伝えないといけないなと感じています。

小笠原:コーチングは対話だけの技法でありながらカバーする領域が非常に広いですよね。

人間のなかには、社会生活を送っているなかでいろんなレイヤーがありますから、人間の多層になっているところのどこで出会うべきなのか。

セラピーに比べるとそのセッションのゴールがコーチングは比較的きっちりしているので、かえって難しいなと感じていました。

吉田:変化していきますし、無常ですから。コーチングというのは人を扱うものです。人を通して、組織のカルチャーだとか、関係性だったりとか、というところに良いインパクトを与えていくかということ。

クライアント自身が、どんな状況でも自分を、よりよくセルフマネジメントできるようにサポートしていく。コーチはそのプロセスの専門家である必要がある。その中には人には絶対見せたくない痛みとかもある。

それを今その人自身がちゃんと向き合ってケアするのか、それを保留しておくべきなのか、そういうジャッジも含めて、セルフマネジメントじゃないですか。

小笠原:本当にそうですよね。

ネガティブなものが出てきたとしても、あまりそれに構ったり深くケアをするよりは、でもきっとこれにも意味があるんだ、というように、ちょっとタッチするんだけれども、すぐそれをポジの方に転換したくなるというのもよくあることだと思います。

ネガティブをしっかり味わうというよりは、それを封印するためにポジティブな何かにすりかえてしまう。

そればかりだと典生さんがおっしゃった「健全な切実さ」が出なくて、表面だけ整えたようなコミュニケーションになってしまう。

それは自分とのコミュニケーションもそうだし、何かを根本的に変えなければいけないと思ったときに、そのネガティブの蓋をちゃんと開けるということがすごく大事なことだなんですよね。

吉田:例えば極端な話、地球を人間だとして、人格だとして、地球をコーチングするとしたら面白くないですか? 

どうしてったら地球のセルフマネジメントになるか考えたら、思い切りネガティブなことに向き合わないといけないんじゃないかなという気がするんですよ。

GDPが拡大することはいいことだと信じて疑わずにやってきたけども、GDPが上がってもぜんぜん幸せではない。

今までの価値観を捨てなければいけないし、温暖化という言葉はまろやかだけれども、完全に異常なわけですよね。

自分が異常になってるんだということにも、地球が一人の人間だとして、十分にまだ向き合えていない。体調がおかしいのに見て見ぬふりをしているみたいな状態に重なり合うような気がするんですよね。

でもそういうのにちゃんと向き合わないと、次のパラダイムシフトみたいな所に行けないでしょ。

小笠原:確かにパラダイムシフトは一回それまでの戦略を手放して、大きくその意識のベクトルを変えるというのは必要ですね。

コーチングの中では実際にどうやってそれをいざなうんでしょう?

吉田:必要だなというものが醸し出されていたとしても、そこで誘導しないというのが前提でしょうね。

コーチが焦らないこと。コーチの間違いかもしれないし、本人にとって、それを今見られるタイミングではないかもしれないし、もしかしたら今の人生の中では、それはしょうがないという人もいるかもしれないですよね。

小笠原:なるほど。今生ではね!

あせらず、現れるのを待つ

吉田:ただ、本当に今それを扱うときなんだというのはクライアントと関わっているなかで、出てくるときは出てくるんです。

いかに現れてくるか。現れてくるのを待つというのと、現れてくる兆候の知覚は必要だと思う。

だけど自分のそうなってほしいなという願望がフィルターになって、バイアスになっているかもしれないから、そこでまたちょっと熟慮するフェーズが必要かもしれない。急がないということですね。

小笠原:急がないというのは非常に重要ですね。特に一回のセッションのなかで完了を見届けようとしたら、焦るというかこちらの期待を押し付けるセッションになりかねない。今生は無理かもねくらいの、それくらい引いた視点で見ていないと、逆にスペースができませんよね。

吉田:そういうスペースを持ったほうが逆に本人も軽やかになる。

小笠原:心理的安全ですね。

吉田:そうそう。意外と物の見え方がそこで変わってきて、扱えないと思っていたものが、扱えるようになったりということもありますしね。

編集部·鮫島:それなんかおもしろいですね。諦めるって、一見ネガティブな感じですけど、すごく実は大きな可能性になっていて、今生は無理だとなったら、すごい軽やかで許せる。

吉田:僕が最初に学んだコーチングのプログラムは、トマス·レナードがつくったコーチ・ユニバーシティというところのオリジナルのプログラムでした。そのなかに、放置するというスキルがあったんですよ。

トマス·レナードはおもしろい人で、いろんなイラストでスキルを紹介する資料があったんですけれどね、放置するスキルは落っこちているクライアントを屋根の上からコーチが見てるイラスト。

ひどくない、これって(笑)。だってそんなのはコーチングじゃないだろうって思うけど。

小笠原:放置する、たしかに! 信頼がないと放置できないから、放置していられるというのは、信頼が機能するんでしょうね。

吉田:それは今になって思いますね。「終える」というのも、まさにその要素が含まれていますよね。

何か望ましいと思った結果が出ても出なくても、必ず関係を終えるときがある。自分ができなかったことを含めて終えていく、手放していく。

それもひとつの、こういう仕事をしているうえでの覚悟になるんじゃないかなという気がしています。

小笠原:やっぱり幸せな終わり方ができないクライアントさんもいるわけです。あるいは、もうちょっとのところまで来ていたのに、何かが起こって来れなくなっちゃったりとかするとどうされているかなと、すごく心配になっていた時期も特に最初のころはあったんです。

でもここで癒やしの輪が完了しなくても、結局その人の人生は、どこかで大丈夫なんだということが腑に落ちたときに、あまり心配しないですむようになった。そのパーツの一個をもし手伝うことができてたら幸いだな、くらいな感じで。

それはセッションの中だけではなくて、仕事でもプライベートでもすごく関係が壊れて、嫌われたり、望まない関係の断たれ方をすることがあっても、人生はそれぞれに続いていて、時が来るとお互いに一周したところでまた出会えるということがけっこう増えてきたんですよ。

吉田:わかるわかる。実際ありますよ、僕も。

小笠原:ありますよね。私もだんだん長くなってきたら、その二周目で、あのときはお互いに未熟だったよねとか、あのとき実はこういうことが起こっていてこんな気持になっていたんだということを聞けたり、私も言えたりするシーンが増えてきたんですよね。

吉田:5~6年経ってから、あのときのコーチングよかったですと言われたりして。早く気付けよと思うんだけど(笑)。

小笠原:ここ以外の人生を信頼できるようになってくると、その時間がちょっとリラックスした、お互いにスペースができるんですよね。ちょっと大人になりました(笑)。

そもそもポジティブとは?

吉田:ネガティブというのを語るときに、僕が思ったのは、そもそもポジティブというのをどう捉えるのかだなと。

小笠原:まさに!そうですね。良い、悪い、二元の話になりますね。

吉田:HIVの検査で陽性反応が出ると”ポジティブ”ですよね。哲学的には、実証主義というのも”ポジティブ”なんですよね。科学的に見ていくという。

ハーバードのタル·ベン·シャハーとか、組織開発の今のひとつの大きな潮流になっているポジティブ·アプローチを提唱してきているクーパー·ライダーさんとか、ダイアナ·ホイットニーさんとか、彼らの話を聞いたり勉強したりするなかで認識したポジティブというのはちょっと違っていて、あるがままに全体を見ていくということでした。

要するに、何かの出来事を捉える観点てどうしてもその人のフィルターで見る。違う人から見れば同じ出来事でも違うように見える。

それを一旦立ち止まって360度見たときに、今まで自分が決めつけていたものとは違う捉え方、違う発見があってそこから気づきも出てくる。感情を知っていくきっかけになるだろうし、違うものにしていくきっかけになる。

そうすれば思考も変わってくる。あるがままに全体を見ていく、ということなんです。

小笠原:ポジティブ·アプローチというのは、どちらかというとそういうことなんですか?

吉田:という風に僕は捉えています。タル·ベン·シャハー教授に話を聞いたときに彼らは開口一番にそう言ってました。

僕たちが言っているポジティブというのはけっこう誤解されやすい。それは何でもいいことを言うとか、いい側面だけを見るとかということじゃないんですよと。

いいとか悪いとか自体は、その人の意味づけだからその判断をいったん外して、すべてをあるがままに見ていく。

そこで現れてくる気づき、物事を捉えていく姿勢、そこをすごく強調していました。組織開発のポジティブなアプローチとかも、そこは根底にあるんですよね。

小笠原:なるほどー!それをポジティブ·アプローチと名づけると、その言葉から受けていたイメージと相当違いますね。なんでポジティブって名づけたんだろう、むしろ。

吉田:手法としてはたしかに、問題だと思っていることをプラスの側面から見ようとか、そういうのはあるんですよ。

なぜかというと、人間の記憶ってネガティブなほうが強いじゃないですか。だから、逆方向に振ることによって真ん中に持っていくという。

小笠原:なるほどー!ポジティブという言葉が最初に耳に入ってくるようになったのって、もっと前の「ポジティブ·シンキング」とかのころで、そこにはちょっと不自然な緊張感を感じることがあったんですね。爪先立ってプルプルしているというか。

別のサイドから問題と思っていることを見たら、本当はどういうことが起こっているんだろうねという考え方なんですね。

ポジティブなサイドに立つというよりニュートラルですよね、その立ち位置は。

吉田:そのほうが気づきが深まってくるし、レイヤーが違ってくるんですよね。

そうすると、例えば、結果として、今日は雨で寒いけど、悪いことばかりじゃないなって。なんかそうなることによってもっと質の違う「ポジティビティ」が現れると思うんですよね。

小笠原:現在地がわかるって、大事ですよね。

個人セッションのクライアントさんからも、疲れが取れて調子がよくなりましたというよりは、「私、すごく疲れてたんだなと気づきました」という感想が多くて。それは疲れが取れたということより、大きなフィードバックだと思うんですね。

吉田:深いでしょ、そっちのほうが。

小笠原:そっちのほうが深いんですよ。

やれていると思っていたけど、でも自分は相当疲れているところにいたんだという気づきが伴ってくると、また自分を車検に出すかのようにここに戻ってくるみたいなことが繰り返されるより、いや私は実は疲れていたんだという深い自己認識に立ってもらったほうが、そのあとの本質的なマネージメントができるようになっていくと思うんですよね。

吉田:だから本物のポジティブ·サイコロジストとかが言っているポジティブはそっちですよ。

吉田 典生 よしだてんせい
●MBCCファウンダー
●MiLI理事
●MCC(国際コーチ連盟マスター認定コーチ)


関西大学社会学部卒業後、ビジネス誌や経営専門誌の編集記者を経て2000年に(有)ドリームコーチ・ドットコム設立。以降、経営層などビジネスリーダーのコーチ、組織コミュニケーションの再構築・改善を通して変容を支援するコンサルティングに従事。マインド・ビジョン・ロール・アクションという4つの最適化をデザインし、コーチングを十分に機能させる構造的なアプローチを展開。著書に10万部超のベストセラー『なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか?』、出版当時Yahoo!新語時点に書名が掲載された『部下力~上司を動かす技術~』他多数。プロファイルズ社戦略ビジネスパートナー、BBT大学院オープンカレッジ講師、6seconds認定EQプラクティショナー、SEI EQアセッサー。