椅子に適応することで、いつもどこかが無理をしている
河野:だって1日何時間も座って過ごすようになったのって本当に人類の長い歴史の中のほんの何十年くらいでしょう? で、特にパソコンに1日かじりついているようになったのは本当に、20年もないんじゃないかな・・・ということを考えるとそもそも人類が挑戦しているわけね。
小笠原:この姿勢で1日がんばる、みたいなことに(笑)。
河野:で、ちょっと専門的なところから行くと、さっき出た腰痛以外になにが起こるかというと、ずっと座っていて、そもそもプログラムされていないことをずっとやり続けるということは、それだけエネルギーを使っているんです。無理に姿勢を作っての作業にエネルギーを使う。頭も使うけれど姿勢を保ってなにかをしていることで、そもそも基本的にエネルギーをすごく使っちゃう。
小笠原:そもそも生き物として想定外の・・・構造設計の中にない体の使い方をずっとしているので・・・・
適応するために、いつもどこかが無理している
河野:そう。でも人間てすごい賢いから、やろうと思ったこととかやらなきゃいけないことには体がうまく適応するんですね。それに合わせた体の形になっていく。椅子も身体に合ってないうえに、パソコンをずっと使って、このディスプレイのスペースに集中しているということ自体が挑戦です。
で、それに適応していると、いつもどこかが無理をしているわけですよ。考えられることでなにが起こるかといったら、さっき言った腰痛の他に頭とお尻と内臓、全部を自然でないところに緊張させて固めている、だから筋肉疲労になるでしょ? それは頭痛になるし、首も痛くなるし、肩こりもなるし、ひいては胃腸や消化器系の障害にもなるし、あとは痔になっちゃう人とかもけっこういますよね。座りっぱなしで。運転をお仕事にしている人も痔の人とか腰痛の人とか多いですよね。やっぱり内臓を圧迫しているので・・・。
小笠原:女性は不妊もぜったい関係ありますよね。
河野:不妊も関係あると思います。
小笠原:ヒール、椅子、は相当不妊に関係している気がします。
河野:椅子もそうだけど、とにかく座っている時間が長いこと。不妊とかホルモンバランスにももちろん関わってくるし、顎関節症とか、頭痛、筋緊張、体の全体のバランスが心地よくないところにいると、もちろん循環器系も滞るから足がむくんだり、血流障害から座骨神経痛になったりとか。あらゆる不調は、ちょっとそこを考えてみたらいいのかなと感じます。
ただ、体は脳がやりたいと命令することに対してすごく上手に適応する術を持っているので、やっている最中はあまり気がつかないんですね。だから現役で働いている間くらいはなんとか持つんですね、みんな。腰痛や首痛もロルフィングに来てみたり、マッサージに行ったり、走ったりヨガやピラティスしたりして調整しますよね。
私、ちょっと年配の方とか見ると「ああ、これは座っている事に適応してきたんだな」と思う人がいます。大きな問題を抱えてしまう、膝が痛くて歩けなくなったり、心臓や血管の問題や糖尿病。現代人の問題ですね。
小笠原:それって座ることに過剰に適応してしまうと、ということですか?
河野:そうですね。
小笠原:なんかもう、今すぐ立とう!みたいな(笑)。座ることがそもそもダメらしい!
河野:そもそも椅子に座ってなかったわけじゃない?床に正座したり、椅子というものに馴染みがあまりなかったのもあるんだけれど。座るのがよくないというよりも、長時間続けるのがよくないんだと思う。
椎名:そうですね。椅子があるがゆえに・・・。たとえばしゃがめない人とかものすごく多いじゃないですか。「アキレス腱が短いんですよー」とか言って。
小笠原:うんうん。和式トイレ空いても入らないもんね、最近。
椎名:だから本当は床に座る方が人間にとってナチュラルなポジションで。
河野:赤ちゃんも座ってるものね。
椎名:でも今は赤ちゃんもちっちゃい頃から椅子に座らせちゃうから、子どもの頃から床に座る姿勢を経験しなかったりとか。椅子がある便利さゆえに、歴史的にもともと持っていた体の動きというものが使われなくなってきてるっていうことがある気がする。
河野:なぜみんな同じ椅子に座ることになったのかといったら、学校とかの集団生活で管理しやすいから?
大勢まとめて一つのところにずっといてもらうには椅子が便利だったのかなーって、学校なんかを見てて思うんですけど。小学校とかは今、1コマ50 分?45分?で休憩にして歩き回ったり、一回立ってリセットするじゃない?それが生理的には自然なんだと思うのね。
小笠原:facebookで「いい椅子とはなんだろう?」って、私が椅子を買い換えるのにオススメの椅子を教えてくださいって言ったんです。そうしたらいろんな人がいろんな椅子を勧めてくれたんだけれど、そもそも座っているのがダメだからっていう説はやっぱりあって、スタンディングデスクを勧めてくる人たちもけっこういたんですよ。
でもスタンディングデスクであれ、ずっとパソコン打ってるような姿勢で長時間いるとしたら、それはやっぱり不自然ですってことですよね?
でもどんな椅子であれ座っているよりは、立っている時の方が自然に起こる微細な動きみたいなのは妨げられにくい。
だからどちらが人体にとって自然かといえば・・・。でもそもそも両手を前にしてキーボードを叩くという形が不自然なのか。
鮫島:だったら、手のひらを逆にする形だったらどうですか。手をウラッ返しにしてキーボードを打つ(笑)。
一同:新しい(笑)。
椎名:ナチュラルな体の動きでいうなら、人の動きの中には屈筋と伸筋っていう、縮める筋肉と伸ばす筋肉っていうのがあって、ふつうのキーボードを打つようなデスクワークをしていると、屈筋ばかりが優位になっちゃって伸筋をあまり使っていない状態になっているんですよね。
小笠原:つまり、手の指と手のひらを縮めっぱなしということですよね。
椎名:だから1回手の甲というか、脛のあたりをデスクにつけてちょっとそっち側に刺激を入れてあげると、伸筋の側がオンになってきて屈筋とのバランスが良くなるんです。それだけでもちょっとすっきりはすると思います。
小笠原:なるほどー!たまに手をこう、裏返しにして両手のひらを天井に向ける感じでデスクの上で休ませる、みたいな。
椎名:休ませる以上にもう少し、こう、しっかりつけて刺激したほうがいい。
扇谷:やってみるとわかると思うんですけれども、こうやって手のひらを下に向けた状態で空中姿勢を保っているのと、上に向けて保っているのとでは、ぜんぜん違うと思うんですよ。
小笠原:違う違う。呼吸とかね。
扇谷:ただ、これ(手のひらを下にした状態)はテーブルに置けるでしょ?でも手のひらを上にしたらキーボード打てないから(笑)。そういう形のキーボードがあったとしても、体勢としては筋肉疲労は起こっちゃうよね。
河野:そもそも、キーボードを打つ姿勢が人類史上初の挑戦ですからね。
小笠原:多分ね、今がいちばん人体にとってきつい時期なんじゃないか、という話を読んだことがあります。小さいサイズのスマホを持って、小さい画面を見るみたいなことが、まあ不自然さに耐えられなくなって画面はだいぶ大きくなったけれど、この機能の進化は止まって、ここからはおそらくVR(バーチャルリアリティ)的なものになっていくんじゃないかって言われているから、きっとキーボードのこの姿勢もイノベーションが起こる可能性はあるかな、と。
扇谷:腕を前に出すということ自体が、肩にとっては負担。肘を曲げたら、肘が体幹の後ろに引かれるのが自然なバランスだから。
どの椅子がいいとか、どの形がいいとかは個人個人ぜんぶ違う
小笠原:予防医学の石川善樹先生が本で言ってたのは「PC作業を快適にするには、手をデスクの上にのせている状態は不自然で疲れるに決まっているから、ノートパソコンは目の高さに上げて、ワイヤレスキーボードを膝の上に置いてやれ」って書いてあって。私は出来るときはそうしてます。
そうすると、キーボード自体が安定しない不安定さはあるんだけれど、机の上にキーボード置いているのよりはぜんぜん疲れない!肘は後ろにいく感じですよね。
扇谷:本を読む高さと同じ平面状に画面があって・・・っていうのが無理がないと思います。
小笠原:そもそも無理があるので、意識的に工夫しなければ疲れるに決まってる、と。その中でも椅子は選べるから。
河野:個人的になにがいちばん基準になって選べるかなと思うと、ひとつは「楽か、楽じゃないか」。呼吸が楽かどうか。落ち着いて呼吸ができるかどうか。
あとは作業するために腕が楽に動かせるかどうか。たぶん合わない姿勢でいると、手は机の上にはいられるけどバンザイができないとか、後ろにいかないとか、そもそも呼吸はあまり楽じゃないということになりますよね。
あと首が回せるかということも指標になると思うんだけれども。きゅうくつな姿勢をしていると首って・・・よく「寝違えた」とか言ってくる人がいるんですけど、寝違えたんじゃないんですね。そもそも日常的に首が動かしにくくて負担がかかる姿勢をしていることが多いので。私がだいたい指標にしているのはそんなところかな。呼吸ができるか、腕が自由に動かせるか、首が回せるか。
小笠原:その「楽かどうか」っていう話でいうといつも難しいなと思うのは、多くの人にとってもう「楽かどうか」という感覚自体が、現代社会の生き物として不自然な環境に適応しすぎてしまって鈍くなっているんですよね。楽な状態、楽な呼吸、というものを、そもそも知らない体になっている方が多いのを臨床やっていると感じますよね。
ボディーワークの講座とかでも無理な姿勢でワークしようとしていて、「その姿勢、だいじょうぶですか?」って聞いても「だいじょうぶです!」って。「楽ですか?」って聞いても、「だいじょうぶです!」みたいな(笑)。
で、「ちょっと姿勢をこうすると、だいぶ違いませんか?」っていうと「ああ!すごい楽です!」っていうんだけれど、その最初の状態を苦しいって自覚してないので、その先の調整・・・もうちょっと楽なあり方があるんじゃないかなって探求できる人って、けっこう体の感覚が生きてる人じゃないとできない、実は高度なことで。多くのオフィスワーカーの人は「まあこんなもんだろう」というところで固まっていて。楽に座れているとか、呼吸が楽だっていう状態を知らない人のほうが多いかもしれないですね。
だから苦しいところにずっといて、症状化するくらいまでの苦しさが閾値を超えてこないと「この状態は良くないんだ!」という自覚が起こらない・・・というのがもしかしたら世間平均かも!
椎名:由紀さんがさっきおっしゃっていた「呼吸が楽で」「腕が動かせて」「首が自由で」っていうのって、結局最初にいった、どれだけ土台の上に背骨が楽に自由に乗っかれているかっていう、体の軸がうまく椅子の上で、固めてじゃなくて楽なところに落ち着けるかっていうところになってくると思うんですけれども。私も今、シリオに座らせてもらっているんですけれども、さっき孝太郎さんが、骨盤の前側がサポートされている状態に自然となるから楽だっていうので、骨盤底ってなんか、恥骨・座骨・尾てい骨ってあって・・・ひし形みたいな状態で、真ん中、こう座骨と座骨を線で結んんで前側の三角形と後ろ側の三角形ってよく分けていうんですけど、だいたい普通の椅子に座るとどんなにがんばっていても後ろ側の三角形に重さが乗ってしまうんですよ。
痔の人が多いって言ってたけれど、それもやっぱりそれが原因になってくる。けれどどちらかというと体の構造的には後ろ側の三角形は自由でありたくて、前側の三角形のほうにうまく重さが乗ってくるような状態を作ってあげるっていうのが、ひとつ楽に座れる指標ではあるので。そういう意味ではすごい基本的なことだけど、 股関節より膝が高いような状態で座らない っていうのがありますよね。
河野:バランスボールでも膝の角度が90度よりは、もう少し大きくなる方がいいです。
小笠原:そけい部が詰まるとやっぱりきついしね。呼吸も浅くなるからね。
河野:ここから、大動脈からきていて足にいく大きい血管とか戻ってくるリンパ管とか静脈とか、ぜんぶここ(そけい部)を通っているので。ここを詰まらせちゃうっていうことはかなり・・・危険なことだと思う(笑)。
小笠原:座っていてむくんだりするのもそこが詰まっているからですよね。バランスボールだったら、つい動くじゃないですか。気づくと調整しているから、その良さはバランスボールはあるかな。
椎名:そうですよね。足をぜったいに使わないと座っていられないから。それも自然と足とつながっていいんでしょうね。
「座る」というのはただの静止にあらず。実は高度なポジションでありボディーユースなのですよね。
それでも座っている時間が長くなってしまう私達に解はあるのか?!
Chapter3.『足を組むって、よきこと・・・なんですかね?』に続きます。
扇谷孝太郎(おおぎやこうたろう)
1995年、演出家竹内敏晴氏の「からだとことばのレッスン」に出会い、身体と表現についての探求を始める。2001年、ロルファー(ロルフィング®の施術者)の資格を取得し公務員から転身。現在は恵比寿にてロルフィングを中心に、ボディワークとトラウマセラピーの個人セッションを行う。ワークショップも多数開催し、独自の視点でまとめられた「動くための解剖学」がダンサーやヨギなど、柔軟性と身体バランスを求める人々から高い支持を得ている。また朗読を中心に、カラダから生まれる声と表現についての探求を続けている。
・Dr. Ida Rolf Institute™認定アドバンストロルファー
・Dr. Ida Rolf Institute™認定ロルフムーブメントプラクティショナー
・クラニオセイクラルプラクティショナー
・ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー
http://www.rolfing-jp.com/
河野 由紀
オステオパス ピラティストレーナー
2003年よりピラティスを指導
ピラティスムーブメントスペースにて資格取得
器具を使う個人セッションとグループクラスを実施
効果的なセッションのために広く深く身体を
理解する必要を感じて
ボディワークや解剖学の勉強続ける
2014年からオステオパシーを勉強
臨床.教育共に経験豊かな海外のオステオパスから
5年間に渡り国際基準に沿ったプログラムで研修中
2017年臨床試験を経て臨床許可を与えられる
クライアントは子供から年配の方まで幅広い
https://yuki-kono.jimdofree.com/
椎名 亜希子
「重力と調和したからだ」をつくるアメリカ生まれのボディーワーク、ロルフィング®の施術者。IT業界で翻訳やマーケティングに携わっていた会社員時代、趣味のクラシックバレエを通じてボディーワークに出会う。さまざまな悩みに希望を与えてくれたロルフィングに可能性を感じロルファーに転身。個人セッションのほかワークショップを開催し、感じる力を取り戻し、自分らしく生きるためのからだ作りを探求中。趣味はバレエと登山とボルダリング。
Dr. Ida Rolf Institute™認定ロルファー
クラニオセイクラルプラクティショナー
訳書に『感じる力でからだが変わる:新しい姿勢のルール』(春秋社)
http://rolfing-spiro.com/